自分の心の動向をじっと観察している、それはそんなに簡単じゃない。一瞬にして外の世界を判断し、どう動くのか決めてしまうか、迷っている。それは無意識に蓄積されたあらゆる体験から計算されるサバイバルなのだ。右を取るか、左を取るか。しかし、行動する前、そして、その判断をする前にとどまっている。とくに、その判断の下にあるもの、もっとプリミティブな世界、それは思考よりも感覚的である。安心していられるか、ざわざわするか。どちらにしても、どちらの感覚にしても、それを見守っている。やがて、それは通り過ぎる。何度も何度も、思考がやってくる度にこれが繰り返される。すると、ある時点で静寂の香りが鼻をくすぐり始めるのに気がつく。ああ、今、此処にいる。しかし、まだ今、此処だ。多少の過去と未来を引きずっている。思考は言葉を発しないが、奥の方ではなにやら会話を続けているようだ。それもまた、観照し続ける。パートナーの目が私をアンカーリングする。2日目の夜に、それは一瞬にして起こった! 参加者全員が一緒に静寂の中に気づきと共に落ちていった。数分、それは続き、そして言葉を発した者から、少しづつ、また、元に戻り始める。その様子も観察している。このような体験は日頃の生活の中でも続けられる。私は続けようと思う。言葉を発する前に、あの静寂を呼び覚まし、一呼吸して、待つ。
この世の草原に私は牛を尋ね果てもなく高い草をかき分ける
名もない川に従い、遙かな山々の入りくんだ路に迷う
力尽き、元気も涸れ、求める牛は見つからない
聞こえるのはただ夜の森に鳴く蝉の声ばかり
川縁の木々の下に私は足跡を発見する
かぐわしい草のもとにさえ彼の足跡がある
人里離れた山奥にも、その足跡は見つかる
これらの足跡はもう、点を見上げる誰かの鼻の穴より明らかだ
この世の草原に私は牛を尋ね果てもなく高い草をかき分ける
名もない川に従い、遙かな山々の入りくんだ路に迷う
力尽き、元気も涸れ、求める牛は見つからない
聞こえるのはただ夜の森に鳴く蝉の声ばかり
川縁の木々の下に私は足跡を発見する
かぐわしい草のもとにさえ彼の足跡がある
人里離れた山奥にも、その足跡は見つかる
これらの足跡はもう、点を見上げる誰かの鼻の穴より明らかだ