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世界幸福度ランキング

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今日は3月3日、ひな祭り。 読売新聞を読んでいるとこんな記事が… 世界幸福度ランキングでノルウェーが世界一らしい。
2001年、ハラルド国王が言った幸福の条件とは
1. 健康であること。 2. 友達がいること。 3. 社会のためになることをしていること。
「人々は異なる理由で、異なる状況で幸せになる。 私は、楽しむことを学ぶことが必要だと思う。 それには心の持ち方が重要だ。 歩くこと、新鮮な空気を感じることなど、 すべてをバランスよく得ることが求められる。 裕福でもすべてのバランスがかけたら、 幸せになるのは難しい」etc… 
いかにも裕福な人のコメントですが…と言うのも、 世界にはとてつもない状況下に置かれている人たちがたくさんいて、 上記の3つにまで届かないかもしれない。
ただ、安らかに眠れるベッドが必要 ただ、食べ物が必要 ただ、誰かに優しくされたと願う ただ、暴力から逃れたいと望んでいる ただ、自分の能力を発揮できる場所が欲しい
誰もがあるがままに自分らしく過ごすこと、 そして、自分が認められ、受け入れられること、 人に喜んでもらい自分の存在に価値があると感じられること、
そして、真剣に取り組みたい何かに出会った時、 人は活力をそれに投資する勇気が湧くね。
それによって、失敗と成功から多くを学び、
自信と持続力、達成感や能力向上によって満たされる、 静かに自分を見直す時間とご苦労様と褒めてあげる。
もし、私たちが社会に翻弄され、人々に振り回され、 自分を保っていることが難しくなり、それに疲労してしまうと、
多くのことが見逃されて卑屈な精神に陥ってしまう。
自分の良さや、命の尊さに疑問を持ち始め、 生きることが冒険ではなくなり、苦痛となってしまう。
ここから自分を救済するのは簡単ではないね。
でもね、だからと言って自分を見捨てたりせず、 救済する方法を見出さねばならない。
もし、このワークが助けになるなら、試して欲しいと思う。
ダイアモンド・ロゴス ←クリック
目から鱗、ちょっと自分に頑張ってもらわないといけないけど、 死んだように生きるのは嫌だから私は深く自分を理解したい。
人生自体が魂のプロセス
自分に向き合う、自分を正しく理解する、 本当に望んでいることに自分を向ける 少しづつでもそのように生きることを試してみる。
切ない感じだけど、人生は自分の物語。
悲惨…

大きな勘違い、自由への道

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なぜ、人はそのような間違った夢を見るのだろう? なぜ、私はそのような間違った夢を見ているのか?
判断、基準、良い悪い、好ましい好ましくない、 から生まれる夢とわかっていても、 そこから自由になるすべがわからない。
何が良くて何が悪いのかと言う雛形があって、 それを元に私の全てが機能している。
とても根深そうだ…う〜ん、と、ふと、 昨夜、この雛形自体が大きな勘違いの元であると気づいた。
私の全てがこの雛形によって無意識にコントロールされ、 私から自由を奪っている。
このことをここに書いておかなければならないと思った。 急いでMacbookを開き、Evernoteに書き綴る...
私の根元は恐怖に縛られていて、 それから自由になることができない。
問題が周りにまとわりつき、 あるレベルでの乖離が起こっている、それは、 ショック・トラウマ的な乖離であると以前から知っていた。
私が雛形に固められて一体化しており…
その雛形そのものが大きな勘違いと気づいたのは、 ある本を読んでいた時に起こりました。
スーフィーは神と恋に落ちた人々だと、ある賢者(Osho)が言いました。
神の中に消え去る準備ができた人だと、そして、 神をわがハートに招き入れる準備ができた人だと...
私もそのような純粋な気持ちのままでいたいと思う。 本当は神と同じぐらい自由なのに何を恐れているんだろう?
その瞬間…
囲いの中で、自分の不幸を哀れんではいないか? 決して手に入れることのできない何かを夢見てはいないか?
と言う勘違い(雛形)に陥っていることに気がつきました。 この想いこそ、大きな勘違いだった…
実際には、この雛形は何重もの鍵がかかっていて この驚く発見はまるで奇跡のように起こった感じです。

目からウロコが落ちたように....

たとえ、そんな考えが頭によぎったとしても これほどリアルに真実の扉が開くことはありません。

ましてや、そのこと自体、切ない希望か、はたまた、ぼんやりと見る夢のように、 再び深い溝に消え去ってしまいます。
勘違いとの一体化、昨夜、こびりついた殻がポロリと剥がれた瞬間でした。 今は、とりあえず、剥がれたことを覚えてくことにします。


私の気づきのプロセスをサポートしているワーク: 『ダイアモンド・ロゴス・ティーチングス』
オフィシャル・サイトhttps://diamondlog…

聖杯

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聖杯とは体のことで、そこに満たされるのは命という聖液である。
昨夜、ベッドの上で、なかなか、寝れずにいると、あれ?
ふと気がついた、何故か、めっちゃ元気、体も心も元気で満たされている!
どうするべ? 外に出て走りにでも行くか? まぁ〜さか、夜中に、そんなことするわけね〜べ。
で、分かったのだ! 体の中に生命が生き生きとしている。

体は聖杯で、ブレスオブライフは聖液のことであると。 呼び名はなんと呼んでもいい。
そうか、クラニオバイオって凄いことやってんだ!
この聖液は、光り輝く媒体のようなもので、
永遠なるものを保持することができる。
決して歳をとらず、決して衰退することがない。 そうか、そうなんだ!
と、ひとり、真夜中に興奮しちまったじゃないか... (^0^)




「うん」と「う〜ん」

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white wolf のブログに記事を書くのは久しぶり。

今年はダイアモンド・ロゴスを日本で紹介する年なので、
その体験を書いた記事を読み直していたところ、

その時々の素直な気持ちとちょっとした洞察、
あぁ、やっぱりいいねと自分の直感を信頼し直した。

日常の色んな体験をプロセスし続ける私の意識と無意識、
ちょっと待って、まだ、ほんとにいいのか分かってないから!

なんて意識 / 無意識でおどおどしているが、日常は待ってはくれない。
物事をまだ消化できていないのに人生は進んで行く。

その時々に Yes No の答えを出さなければいけないときもある。

そうするとき、信頼できるのが以前に友人Toshanが
ヒューマンデザインで教えてくれたこと。

どっちかな? って決めるとき、
「うん」と「う〜ん」との違いについて。

「う〜ん」の時はそれを進行させる必要はない。

確かに、「う〜ん」でもやっちゃうことがある
が、その結果も「う〜ん」で終わっていることに気がついた。

「うん」の時、自分の決定というより、
何かの流れに乗っている感じで結果よりもプロセスに満足する。

「う〜ん」の時は結果が良くても無謀だったなとひやりとする。
で、「う〜ん」の時は静かにして手を出さないようになった。

これって結構、瞑想の助けになっているし、
自分に振り回されずに済んでいる。

ありがとう Toshan (^^)






やっぱり、人生って思うほど長くない

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昨日、大好きな先輩が亡くなった。

「プネーに来たらご飯作ってやるから、いらっしゃい」
って言ってくれていたにもかかわらず....
プネーにいたのに連絡しなかった。

まさか逝ってしまうなんて思いもよらなかった。
Meera ファン、少々、戸惑う。

OSHO の Crazy な友人たちが、ポロポロこぼれるように
この世を後にしていくのをみていて、
私はまだいいんだろうかと思ってしまう。

そして、やっぱ、人生は思うほど長くないんだと気がつく。

精一杯、生きなきゃって思わされる。
だらだらしてちゃ、ダメなんだと気づかされる。
なんだか、お尻に火がついたみたいに....

Meera ありがとう

人は一人でやって来て、一人で去っていくんだ...
なぁなぁじゃ、いけないな。

何をしたいかはっきりとして、
その道を迷わず、歩いていくよ

Meera ありがとう








脱皮期間

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今回のマナリー里帰り、とにかく、長い文章が書けんかったんよ。
何を書いてもマインドにエサやってるみたいで(笑
今年の初め頃から、私自身に大きな節目があって、
じぃ〜っと自分自身を観察し続けてるよ。
ちょっと不安なような、無防備なような…
公共の場での文章の書き方が変わったんやけど、
なんか、私自身の人格的な安堵というか、
張り切り感が薄れたというか、
ある意味、誰かさんを脱ぐ期間というか
別に大したことはせえへんねんけど、
内面の自分を受け入れ続けてると言うか、
まぁ、まだこの期間は続くようやで。
で、思うところにダイアモンドロゴス、やってくれたわぁ。
私が誰でも無いものになるまで観察は続くんやで。
今まで、知らず知らずにどうやって、 世間でやっていけるか四苦八苦 知れば知るほど、誰かになっていく 見栄、自信、自慢、傲慢、卑下、愚か、落胆 ぜんぶ体験したら、あることに気がつく ぜんぶ、恐怖が操っている
それでも、喜び、憂い、感謝、良い痛みは それらから生まれたんよ。 私の生きてるってこんな感じなんや。
ふ〜ん。 そうなんや。
私が誰でも無いと言うことは、 消えていくんやね。
そやったら、受け入れるわ。




ふと思う。

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最近の私は恵まれた状況の中でのんびりと人生を過ごしている。さしづめ、大金持ちとは言えないが金銭的な苦境にあるわけでもなく、他人や家族から嫌なことを押しつけられることもなく、好きなことを出来るときに出来る、そんな人生を感謝しなきゃなんねぃ。
世の中には何もかもが辛く苦しいと感じている多くの人がいるのだ。物や事は取りようで、最悪の状況においてなお、幸福を感じる人がいないわけでもないってのが何よりの助けだね。
恵まれた状況を作るにはコツがある。コツコツ、コツコツ、頑張るってのがコツ。
コツコツ、コツコツは、お金だけじゃーない。人との関わり方を正しく知って、そして、そのように自分を修正していく。もちろん、人格や趣向や癖や恐怖なんてもんがあるよ。そんなん、時間が必要なことがいっぱいやで。
で、自分のそんなところにちゃんと目を開いてる。あっ、しまった (; ̄ェ ̄)間違ったなっと思ったら、出来るときに修正すればいいんだから。その繰り返しがコツコツ、コツコツ。
で、知らず知らずのうちに苦労じゃなくて、気がついた時にぁー、幸福を背負っていたと知ったら、そりゃ感謝が降りてくるよ。
幸福だなぁ、って思える瞬間が来たら、じっくり味わうのだ。その時が自分を褒めてやれる極上の瞬間さ。