1.22.2014

この世のこと、あの世のこと。

真言宗である私の家は由緒ある築港高野山の檀家であり、父のお通夜、葬式、四十九日はお寺さんで行なった。四十九日は死者がこの世から去る。仏教の教えでは、49日目に六道中のどの世界に生まれるかが決まるらしい。遺族は死者が良いところへ行けるように中陰法要を行う。

そのことを読聞きしていたからだろうか、私の家族であったあったはずの父が49日目には他人の家族として生まれ変わった気になり、すごく寂しいと思ったのは変であろうか? 同時に、それが本当に起こったと仮定し、私は生まれ変わった父を応援し、気持ちの上でいつも愛情を送り続けることにした。彼が健やかに育ち、正しい行いをし、愛情に満ちた人物となることを。

そう考えてみると、生まれ変わった父から見る私は過去の産物であり、彼の中では存在しない世界にいる。しかし、私はまだ生きているのだ。このことを考えるとこの世とあの世の違いは何なんだ? と考える。以前に、愛する人が生まれ変わり、国境を越えて会いに来た話しを聞いたことがある。生まれ変わった人に記憶はないが、会いにこられた人はその人だと気づいたと言うお話。もし、この地球のどこかに生まれ変わった父がいて、偶然にも会うことが出来たら、私はきっと気がつくと思う。彼の目を見ると気がつくと思う。

しかし、この考え方は私たちが何度も生まれ変わることを指している。えー、またやるの? 人生を・・・・っと尻込みしてしまう。どうしたら光明を得た人達のようにこの世に生まれ変わるサイクルから抜け出し “あがり” に到達できるのだろう。

そんなこんなで、ここ最近 ‘良い行い’ について考えるようになった。それは心の問題であり、他者にいかなる苦しみも与えず、そして、自分のエゴを手放すことだと思う。簡単ではない。簡単ではないが、覚えておくことにした。それが私の第一歩である。教えはあらゆる方角からやってきた。インドにいた時、そして、父が亡くなったこの時にも。

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