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どうやら・・・

どうやら私は、絵を描くことに魅入られそうだ。
今日、あの木を描き続けたいと思った。


私のアートインテンシブと死:思い返して見ると・・・

今回、Meeraのアートインテンシブの最中に親しい友人のRupeshの死を迎え、私自身はまったくセンターに根づいていなかった。自分でも頼りなく吹けば飛んでしまいそうだった。悲観的な悲しさなどではなく、死に対する無抵抗感とでも言おうか・・・、人は死ぬんだと言う事実を目の当たりにした感じである。親しい友人の死を始めて体験した。いつもそばにいた友達ではないが、心深く私に影響を与えた人物でもある。内側の何かが止まった感じで何をどうしていいか分からなかった。

アートインテンシブではプライマルという、なんの造形も考えずに色をのせていく作業がある。この時点で、私は絵が描けない状態に陥っていた。自分につながれないのである。私の細胞がばらばらにこぼれまくった感じであり、まったくと言っていいほど統合感がない。それがアートトレーニングの最終日まで続いた。トレーニングが終わって、私はこのまま日本に帰るのだろうか? と自分自身に問い掛けてみた。そして、自分を取りもどす作業が起こったのはexhibitionに出す絵を描き続けることでなされた。ひとつの絵に向かって無心に描き続ける。

死が間近に感じられ、今この瞬間しか存在しないことを知る。だから、真実とともにいたいとさらに願うようになる。私は<何か>に気づいたと思う。それは前々から知っていたことだ。そして、それはいつも後回しにしてきた。だけど、いちばん大切なこと、最後の扉。この扉の前に立つ勇気がなかったのだろう。永遠の明け渡しは恐怖に値するとマインドは思い込んでいた。私が私でなくなるからだ。ましてや、あれが扉とは気がつかずに。

私はそのゲートが開くその瞬間を見逃さないように目覚めていよう。神に願う。私の意識がその時に目覚めているように。私の生はそれで達成される。あの時のように、すべてが静止し、自分の何かがとても静かになる。ブッダの境地とはあのようなことか。



ケムトレイル東京空襲 Chemtrails Air Raid in Tokyo 2010

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酸化アルミニュムがばらまかれている。

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日本にもどってから、地球温暖化の対策として酸化アルミニュムがばらまかれている? っというニュースを見た。以前にもこの話を友人に聞いたことがあったが、事実のようだ。アルミニュムと言えば、アルツハイマーを引き起こす物質ではないのか? 




一応、これで一休み?

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明後日のフライトで日本に戻る、
ペインティングもいったん今日でお片づけ。

まだ直したいところがずいぶん残っている。
っといってもこの絵を描き続けるか?

っとなると、たぶん、No だろう。

この絵はプーナの家においていく、
次回来たときに見ると感動するかもしれない。

私自身、ご苦労さんでした。


OSHO RARE VIDEO OREGON...(V★)

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これを見てポッペタを紅葉させて
微笑ましてく見てるのはサニヤシンだけだろうね (^^;)







ばんやんの木

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今日の一本木。

アシュラム前の道沿いに生えている木。
こんなのがごろごろ生えている。

根っこがどんどん生えて体を支えているかのようだね。



さらに絵は・・・

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描き続けること数日・・・

今はこのように、
太陽の光を浴びてゴールデンカラー!

まだまだ変わるかも。



インドの木

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インドの木は凄い! 
うっとりして飽きないね。





これまでの経過

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今日やっと絵を描くことが出来た、今回はじめて没頭した。これまでも描いていたのだけれど、自分がいったい何を描いているのか分からなかった。明日から展示会だ、それまでには出来上がらない。この絵は描いては消し、またその上に描き直し、そしてようやくここまできた。まだまだ完成はしていなが絵を描けたことにほっとしている。これからこの絵がどう変わっていくのか楽しみだ。左の絵が右の絵に変身。これからもっと変身していくだろう。






落ちた

Meeraのアートインテンシブトレーニングが昨日で終わった、そして、最終的な最後のシェアーリングは今日おこなわれた。ここに来て、私はやっと落ちた。素直にMeeraの言葉が入ってきた。私はMeeraに「あなたは私のセラピーマインドを壊しにかかっていた」と言った。これは私とって、とても重要なことなのだ。例え、Meeraがペインティングを通してセラピーをやっていたとしても、事実、私にとってはそうなのだから。

私のシステム、ストラクチャーがどうして構築されなければならなかったのか、それもさらにクリアーになった、違う側面からも気づくことが出来た。しかし、ここで言っておかないといけないのは、このストラクチャーとセラピーマインドは私をここまで安全にサバイバルさせてくれた安全な装置であること。気が狂わないように、社会の中でうまく立ち回れるようにだ。

私は前から気づいていたのだが(たくさんセラピーを受けて)、幼い頃に大変なショックを受けたので、物事が生じるとある時点で思考が凍りついてしまう。思考だけでなく、体も、心もだ。だから、馬鹿のようにも見える。セラピーワークではこれをディソシエート(解離)と呼ぶ。そうすると、母親に怒られ、友人には軽蔑されるので(強烈な言葉だけど、幼い私はそれほど周囲が怖かった)、このようなショックによって混乱し機能しなくなった一部の脳の代わりに、本来その為にあるのではない他の脳の部分を補強し、私なりの方法で利口になろうと無意識ながらも努力する。それが、私の内なるシステムが構築されるゆえんだ。そうして作り上げた砦はそうそうに壊れないほど頑丈に作り上げられなければならない、そして、本来その為にあるのではない脳の部分には限界が生まれる。もしくは、壊れた一部の脳はダークサイトとなって存在したまま。

今でも、私は自分が解離していることを知っている。他の人から見ても分からないだろう。と言うのも、私と同じように解離している人が多くいるからだ、その人達は自分が解離していることすら気づいていない。私の信じるトラウマワークは体からこのような衝撃やショックを解消し、取り除くことである。その為にはやはり、ある程度のマインドの理解が必要だと思う、ここで言うマインドとは<意識>のことだ。洞察的なマインド、意識である。ゴシップに使うマインドでない。この意識が起きてくれば、光明にたどり着く…

ルペッシュ

今日、アシュラムのナイトイベントで - day before you die - を友人のHenna と一緒に参加しようとしていた。Rupeshのことを思い、そして自分自身の整理をしようと思っていた。残念ながら、参加する人が少ないのかキャンセルになったらしい。そんなことになったすぐ後、Rupeshがボディを離れたと連絡あった。私の中でのギャップ・・・疲れもあってリビングルームのマットレスの上で意識が薄れていく。そんな状態でもうすらうすら体が何かを感じていた。何かが壊れ、何かが変更される。自分の中の何が壊れたのだろう、分からない。これからじわじわ見えてくるのだろう。彼のことを思いながら、自分の体を意識する。体があろうがなかろうが、その違いはないように思える。Rupeshが私をさらに深みへと連れて行く。アシュラムのバックゲートの外道が好きだ。ここにはまだ微かにOshoのエネルギーを感じる。なにか、懐かしい匂いとともに。