5.25.2010

つぶやきは危険

これまで、あまりブログを書いてきた経歴はない。一度トライしたが、私の何を書けばいいか、あまりよく分からなかったし、今でもあまりよく分からない。ミクシーでも最初は何かを書こうとしたが、今は日誌を書くことがまったくなくなった。テキストなどとは違い、自分の体験や意見などを書くと、それはその瞬間にまったく違ったもののように感じてしまうからだろう。でも、今回、それにチャレンジしている。きっと自分の言葉が見つかるのだろう。

その点、つぶやきなどは、無意識と意識がつながり、表面に現れた瞬間の言葉だからもっとリアリティがあるのだろうな。私の友人に、私を前にして独り言をいう奴がいた。そのつぶやきは、奥深くから来た疑問や納得した時の言葉なので、どきっとさせられる。彼はそれを、自分に言い聞かせるかのようにつぶやく。それを横で聞いていると、私自身が不安にさせられたこともあった。人の心の内側を盗み聞きしているようなものだからだ。私が盗み聞きをしたのではなく、彼が私の前でそれをするのだ。まったく持って無防備な奴とでも言おうか、それとも、無意識に私に知らせたいのか? どちらにしても、無意識の層にはとてつもないものが潜んでいる。

人間の混沌としたもの、不安、恥、邪悪、ジェラス、疑惑、混乱、狂気、淫乱・・・、無意識の層には良いものも潜んでいるのだろうか? 良いものだとしたら意識の下に埋めてしまわなくてもよいはずだしね。これらがすべてが結集されて、ある決断を下す一歩手前あたりで意識に上がってくるのだろう。すごく危険ではなくなっているようなものに変化してから。負の集合体がある一定のバランスを保ちながら正に向かう回答を叩き出さねばならないかのように。きっとそのための道徳であったり、一般常識を子供の頃から仕込まれるのだろう。疑問はここにある、私の本当の正体は道徳でも一般常識でもない、さらには不安、恥、邪悪・・・でもない。ならば、いったい何であるのか?

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