その続き、

で、どうだと言うのだ? 私は、子供の頃は母親にとってとても扱いにくい子供だったのは覚えている。だから、よく叱られた。叱られることから自分を守る為に、子供の私は自分のクレージーネスをほどよく整えることに集中したみたいだ。クレージーネスを規定の枠のなかに収めるように。そうすると、クレージーな匂いをただ少しだけ残したままで、なおかつ、人に危ない人だと思われない程度にうまく収まっている。

今ではどんなことに対しても、それがどれだけ整ったストラクチャーであるか説明する、又は、作り上げることを得意とするほどだ。納得、こんなことに気づいたしまった。私は枠のなかにどのように収めたら良いかが、とても上手にできる。だから、私の枠はとてもうまく出来ており、それを壊すのは並大抵ではない。私と言うストラクチャーは精密に計算されている。




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