2.03.2011

落ちた

Meeraのアートインテンシブトレーニングが昨日で終わった、そして、最終的な最後のシェアーリングは今日おこなわれた。ここに来て、私はやっと落ちた。素直にMeeraの言葉が入ってきた。私はMeeraに「あなたは私のセラピーマインドを壊しにかかっていた」と言った。これは私とって、とても重要なことなのだ。例え、Meeraがペインティングを通してセラピーをやっていたとしても、事実、私にとってはそうなのだから。

私のシステム、ストラクチャーがどうして構築されなければならなかったのか、それもさらにクリアーになった、違う側面からも気づくことが出来た。しかし、ここで言っておかないといけないのは、このストラクチャーとセラピーマインドは私をここまで安全にサバイバルさせてくれた安全な装置であること。気が狂わないように、社会の中でうまく立ち回れるようにだ。

私は前から気づいていたのだが(たくさんセラピーを受けて)、幼い頃に大変なショックを受けたので、物事が生じるとある時点で思考が凍りついてしまう。思考だけでなく、体も、心もだ。だから、馬鹿のようにも見える。セラピーワークではこれをディソシエート(解離)と呼ぶ。そうすると、母親に怒られ、友人には軽蔑されるので(強烈な言葉だけど、幼い私はそれほど周囲が怖かった)、このようなショックによって混乱し機能しなくなった一部の脳の代わりに、本来その為にあるのではない他の脳の部分を補強し、私なりの方法で利口になろうと無意識ながらも努力する。それが、私の内なるシステムが構築されるゆえんだ。そうして作り上げた砦はそうそうに壊れないほど頑丈に作り上げられなければならない、そして、本来その為にあるのではない脳の部分には限界が生まれる。もしくは、壊れた一部の脳はダークサイトとなって存在したまま。

今でも、私は自分が解離していることを知っている。他の人から見ても分からないだろう。と言うのも、私と同じように解離している人が多くいるからだ、その人達は自分が解離していることすら気づいていない。私の信じるトラウマワークは体からこのような衝撃やショックを解消し、取り除くことである。その為にはやはり、ある程度のマインドの理解が必要だと思う、ここで言うマインドとは<意識>のことだ。洞察的なマインド、意識である。ゴシップに使うマインドでない。この意識が起きてくれば、光明にたどり着く。

Meeraはこれまで私が知っているセラピーの先生たちとは逆の立場からやってきた。通常、セラピーを終えてアートに入ると思われる。Meeraはアートからセラピーに移行してきたので、私のセラピーマインドは彼女をクレージーだと捉えていた。アートがゴールに近いはずなのに? だから、彼女は、私とって新鮮だったのだろう。しかし、やはり彼女はアートをセラピーに使っているだけではないのだ。今日、発見したことは、Meeraは私たちをやはりアーティストに育て上げようとしていたのだ、もしくは育て上げようとしている。ここが他のセラピストのやるセラピーワークとまったく質が違うところだ。参加者ひとりひとりをアーティストに育て上げようとしているのだから、どれだけ肝っ玉の大きい姐さんなんだ! 私は何故か、清水の次郎長のような人だと思った。彼女にちょっぴり感動してしまったのだ。




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