7.07.2013

Ladakh ツアー



私の "ラダック探検クルー" がマナリーを去って日本に旅立った後、思いもよらないほどの寂しさに包まれた。今この瞬間にも、ひとりであることの "自分" を取り戻すプロセスが続いている。裏山を歩いたり、食事を作ったり、小説を読んだり・・・。自分の心の動揺を観察しながら、自分の中の静寂を探しているようだ。

小説を読んだからか、この状態を活字してみようと思った。一人旅が好きな私が "ラダック探検" なるツアーを組み立てたこと自体、自分で驚いている。そして、ことのほか、この探検は思った以上に楽しかったのだ。私たちは日本を出るまでに高山病についてそれぞれが考えた。お互いに情報を分け合った結果、誰もが健康を保ったまま、広大なヒマラヤ山脈での標高5360mを4回、4000mを越える山々を渡りきった。宿泊施設の中ではパンゴンレイクの4200mあたりのキャンプが一番高かったのではないだろうか。多少の疲れや不調はあったものの、全体的には至って快調でご機嫌な旅であった。天空の湖、パンゴン・ツオの満天の星空と流れ星が私の目に焼き付いている。

私はクルーをひとつのボートをこぎ合う仲間として共同生活の中で肉体的にも精神的にも誰もが自分自身のスペースを持てるように注意を注いだ、それは私自身のことも忘れずにである。うまく出来たかは分からないが、クルーの誰もが無言で自分以外の人を優しく気遣っている様子を何度もみていた。思うに、その瞬間に、それぞれが自分自身と向き合っていたのだろうと想像する。みんながそれぞれの瞑想の中にいた。

いろんな場面がフラッシュバックする。ひとつひとつの場面にその時の自分の気持ちが反映するにもかかわらず、多くの笑いを共有した。笑いはすべてを浄化する。そして、私たちクルーの誰にとっても未知で新鮮な体験は個々の静寂に吸収され、その波紋はやさしく穏やかになる。体験はカメラの中に収まりきれない、この雄大な地形も風も雲も匂いも。そこに居るのは体験している人物だけ。

私は今もひとりで自分の居場所を探すように心の動きを観察している。今朝、小説を読みきると次は何をしようかと思い、洗濯をし、コンピューターを充電する。お茶を沸かし、ベランダに座って辺り一面を雲と霧と覆われた山を望み、そして、シャワーを浴びた。もし、これが小説ならば、ストリーが展開されるべきだろう。しかし、これは小説ではなく、思いついたように書いている心の動きである。最初はブログに書き込むつもりで、先ほど家から降りて来て道路沿いにあるホテルのFi-Wiが不通であると分かり、近所の食堂でまた書き始めたと言う具合である。今日は辺り一面が雲に覆われ、私の心も出口が見つからずにいる。

しかし、今日分かったことがある。ラダックツアーに従事していた緊張感から解放され、やっと、日本を出る前までに係っていた仕事の忙しさと精神的疲れを思い出した。そうか、私には何もしない時間が必要であり、ひょっとしたら一日中寝ていてもいいのかもしれない。

一日中寝ていてもよいと思えるが、まだ、思考のほうが休まっていない。思考が休まらないとくつろいで寝ていることができない。夜は熟睡しているものの、本当の休息が起こるまであと数日はかかるのだろうか、それとも、くつろぎは起こらず、心を観察し続けるのか。しかし、きっと日はあっと言う間に過ぎていくだろうから一週間前の今から日本に戻るパッキングを始めようと思っている。荷物のパッキング、すなわち、心の整理整頓である。

今回のラダックツアー、ツアーはまるでジェットコースターのように展開され、かといって、その一瞬一瞬がとても濃い体験となった。思い出すだけで吹き出してしまう面白い場面が寝る寸前の私に襲いかかってきたこともあった。ひとり夜中に爆笑している私の姿が思い浮かばれるだろうか。

私のクルーはマナリーからデリーに向い、最後の緊張ある体験が待ち受けていた。2台のタクシーのうち、1台が空港への道を見失い、飛行機が飛び立つ、あわや1時間10分ほど前にデリーの国際空港にたどり着くはめになった。その時、携帯でのやり取りではらはらしながら間に合うことを祈り、最後に先に空港についていたクルーと一緒になったことを確認して私はベランダから自分の部屋に戻った。みんなは乗り遅れなかった安堵感とともに、日本に向かう飛行機の中でヒマヤラ山脈での思い出を回想していただろうか。今度、日本で会う時を想像すると、あの体験を共有できた喜びの笑顔が浮かぶ。

私のラダックの旅クルーに感謝を込めて、まだ、マナリーにいる私から・・・




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